ヨガにも活かせる瞑想方法『手放し瞑想法』

瞑想って難しそう、なんて思い込みを抱いたりしていませんか??

実は、瞑想って、とっても簡単なんですよ。

瞑想って、誰にでもできるんです。

なぜなら、基本的に瞑想は、座るだけだから。

もしも、瞑想が難しいと感じているんだとしたら、それはむしろ、あれこれ何かをやろうとし過ぎているんです。

そんな、難しく感じるほど、あれこれ工夫する必要はありません。

基本は、ただ座るだけ。

この、ただ座るということができると、不思議と世界が開けていくんですよ。

瞑想は簡単!!

瞑想が難しいと感じている時、雑念をなんとか消そうと一生懸命になっていたり、もっといい呼吸をしようとしたり、皆さん、頑張っています。

でも、残念ながら、瞑想においてその頑張りは、全く役に立たないんですよね。

だって、雑念を無理に消そうとすれば、その思いこそが執着となって、頭の中からは思考が消えません。

呼吸に必死になると、その必死な呼吸によって体に緊張が生まれ、結果、本当のリラックス状態には至りません。

つまり、難しいと感じて行う瞑想は、心や体を強張らせてしまうということです。

もし、これから瞑想を楽しんでいきたいのであれば、まずは次の一点を、意識しておいてくださいね!

それは、瞑想は簡単!ってこと。

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「ない」から「ある」へと前提が変わった

僕が、瞑想って簡単なんだ、ただ座るだけでいいんだ、と気づいたのは、30歳を過ぎたころ。

それまで僕は、瞑想をする時には姿勢を正し、呼吸も丹田呼吸を意識して、雑念はとにかく消そうと頑張っていたんだ。

そんな瞑想をもう10年近く続けていたのだけど、その効果があまりないことも薄々感じていた。

いや、むしろ、冷え性はひどくなるし、頭痛も悪化して、なんのために瞑想を続けているのかわからなくなり始めていた。

ある日、テレビを見ていると、道元禅師を描いた『禅』という映画が放映されていた。

その中で、道元禅師が和歌を詠む場面がある。

「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて、すずしかりけり」

この和歌が耳に入った時、何かが僕の中で目覚めたんだ。

「そうか、春には花が、夏にはほととぎすが、秋には月が、冬には雪が、あるんだよな。その「ある」ものを味わい、愉しんだらいいんだ」

それから僕の、呼吸法や瞑想への取り組み方が変わっていった。

呼吸法では、ただ呼吸を味わうようになった

すると、すでに気持ちよく呼吸ができていることに気づいたんだ。

瞑想も、ただ目を閉じて座る時間を愉しむようになった

すると、体の細胞たちが常に働いてくれているということに気づいたんだ。

呼吸法や瞑想を行う際の姿勢についても同様に、姿勢を正そうとしなくとも、気持ちよく姿勢を維持する力が体にはもともと備わっている、ということに気づいたんだ。

いずれも、前提が変わった。

今まで「ない」と思っていたから頑張っていたものが、「ある」という前提になって、ただ味わうだけで心身が整っていくことに気づいたんだよね。

それ以降、瞑想も呼吸法も簡単なものだと感じるようになったんだ。

なぜなら、それはもともと持ってる働きを思い出すだけだから。

特別に修行して新たに得るのではなく、ただもともと持っている働きを思い出すだけでいい。

そう感じるようになったんだね。

さらには、瞑想が簡単!ってことをまわりの人にも伝えるようになったら、想像以上にたくさんの人が、瞑想や呼吸法の気持ちよさを感じるようになったんだよね。

しかも、僕のまわりには、もともと瞑想や呼吸法に苦手意識のあった人が多かったにもかかわらず。

すべては「ある」

「悟り」というのも、究極は、すべてが「ある」ことに目覚めることなんだよね。

すべてが「在る」

それは、ただそこに「在る」存在に気づくこと。

存在って、やさしいんだ。

存在って、温かいんだ。

存在って、喜びに満ちているんだ。

自分にとって大切な存在に気づくとき、例えば、ずっと自分を支えてくれていた家族の存在や応援し続けてくれていた仲間の存在に気づくとき、大きな大きな喜びがあふれ出す。

その存在が有難かったことに気が付くんだよね。

ただいてくれるだけでいい。

ただ、そばにいてくれたことが力となった。

それが、存在の力

存在は愛だ。

そして、僕流の表現をするならば、存在ははなまるだ。

この存在には、「善・悪」「優・劣」「正否」といったものはない。

ありとあらゆる差がなくなって、ただ存在が「在る」

まさに「差取り」の世界が広がるんだよね。

瞑想の目的のひとつは、この存在そのものを感じ、「差取り」の世界を体感することにある。

存在そのものを感じた時、愛に満たされていく。

手放し瞑想法

この存在に目覚めた時、生まれた瞑想法がある。

それが「手放し瞑想法」

何を手放すかと言ったら、瞑想をうまくやろうとする必死な努力なんだ。

「ない」から「ある」に目覚めれば、求めるものを手に入れるために必死な努力を手放すことができる。

なぜって、すべてが「ある」のだから。

多くの人が「ない」と思っているから、それを手に入れるため必死に努力をしてしまう。

頑張って、頑張って、がむしゃらになって努力をしてしまう。

でも、その努力って必要ないんだよね。

むしろ、無駄な力が入って、求めるものを遠ざかってしまうんだよ。

必要なことは、すべてが「ある」ことに目覚めること。

呼吸していること。姿勢を整えること。気持ちよく動くこと。そのすべての機能が自分に備わっていることを知ろう。

さあ、すべてが「ある」ことに目覚め、気持ちよく手放していくことができる瞑想「手放し瞑想法」の基本はこちらから学ぶことができる。

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ヨガにも活かせる瞑想法

この「手放し瞑想法」はヨガを実践している方にも、とてもおススメの方法。

なぜなら、ヨガを実践している人の中には、ポーズにばかり意識が向いてしまって、不必要に頑張っている人が多いから。

ポーズにこだわることが悪いとは言わない。

でもね、ポーズにとらわれて、ポーズに執着してしまうと、体に無理をさせてでも頑張ってポーズを取るようになる。

実はこれが、最終的に求めるものとは逆の結果を生んでしまうんだよね。

ヨガによって健康を手に入れるはずが、健康を害してしまったり、あるいは精神面の安定を手に入れるはずが「こうでなければならない」という強い執着を生んでしまったり。

必死に頑張って、筋肉の強張りや執着を生んでしまったら、せっかくのヨガも本来の意味がなくなってしまうんだよ。

だから、一度手放してみて欲しい。

手放すといっても、最初はよくわからないから、まずは瞑想を通して手放すことを学んでみて欲しい。

ひとつ言えることは、手放すことで、「ある」に目覚めることができれば、確実に人生はしあわせに包まれるようになる。

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