いじめの原因は学校ではなく子どもの心にある

いじめって辛いよね。

いじめられることも、いじめることも。

どうしたら、この辛い「いじめ」がなくなるんだろう??

実は、いじめの原因は心にある。

これは別に、子どもの心が悪い、子どもの心がダメだ、子どもに責任がある、と言っているわけじゃないんだよ。

心に、ついついいじめてしまう自分やついついいじめられてしまう自分が宿っているということ。

この心にある問題をハッキリとさせることができれば、自ずといじめは解決していくんだよ。

じゃあ、その心にある問題ってなんだろう?

実はそこにはたった1つの問題が浮かび上がってくるんだよ。

「いじめ」という問題を解決するために一番必要なことは、心を育むことだ。

そう、問題となるいじめを分析するのではなく、心を育むことを考え、実際に心を育みつづけること。

それは子どもであっても大人であっても同じ。

~心を育んでいこう~

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あなたは素晴らしい。あなたははなまる。

今、このブログを読んでいる人の中には、今もなおいじめられている子、あるいはいじめている子もいるかもしれないね。

まずは、そんな君たちに言っておきたいことがあるんだ。

それは、、、

あなたは素晴らしい。

あなたははなまる。

そう、あなたは素晴らしい存在なんだよ。

あなたのいのちは尊いいのち、はなまるないのちなんだよ。

時には、自分なんて価値がないように感じるかもしれないね。

時には、自分なんて消えてしまったほうがいいと思うかもしれないね。

でも、絶対に、そんなことはないんだよ。

どんなときにも、自分に×をつけちゃいけないよ。

あなたははなまるなんだ。

はなまるの存在なんだ。

自分の胸に手を当ててごらんよ。

いのちの音が聞こえる。

その胸の温もりを感じるんだ。

その鼓動を感じるんだ。

そして、その奥底から湧き上がってくる「いのちの喜び」を感じるんだ。

あなたは素晴らしい存在なんだよ。

手があること。

胸があること。

温度があること。

いのちの音があること。

生きていること。

生かされていること。

絶対に、その「いのちの喜び」を感じることができるからね。

もしも、よくわからなかったら、今日から毎日、一日5分でもいいから自分の胸をやさしくさすってごらんよ。自分で自分を抱きしめてごらんよ。

僕を信じて、毎日毎日、自分を抱きしめてごらん。

絶対にわかるから。

私が素晴らしい存在であること。

私がはなまるの存在であること。

~あなたは最高にすばらしい!はなまるだよ~

いじめっ子もいじめられっ子も同じ問題を抱えている

あなたは素晴らしい。あなたははなまる。

このことは絶対に忘れちゃいけないよ。

さあ、あなたがはなまるの存在であるという前提をお伝えしたところで本題に入っていこうか。

それは、いじめっ子もいじめられっ子も同じ問題を抱えているということ。

そうは思いたくない!って子もいるかもしれないけど、そうなんだ。

そして、抱えている問題は、「自分が本当に価値のある存在だと思えない」ということ。

そう、心の底から自分が価値のある存在だとは思えない。

ここに問題があるんだよ。

場合によっては、いじめっ子で「俺は素晴らしい人間だ。お前たちとは違うんだ」と威張っているように思える子もいるかもしれないね。

でも、ハッキリ言うよ。その子も本当は「自分が本当に価値のある存在だと思えていない」んだよ。

それはこういうことだ。

「俺は素晴らしい人間だ。お前たちとは違うんだ」という態度は、「優越感」から生まれる態度なんだよ。

「優越感」というのは「人よりも優れていると感じる」ということ。

そして、この場合の「人よりも優れている」というのは、比較から生まれる価値基準で「人よりも優れている」ということ。

それは、「勉強ができる」「かっこいい」「運動が得意」「ケンカが強い」「立場が上」といったことだよね。

この比較から生まれる価値基準で「人よりも優れている」と感じている人は、実は比較の対象を失った瞬間に自分の価値を感じることができなくなってしまう。

つまり、比較から生まれる価値基準で「俺は素晴らしい」と感じているのは、張りぼてのような簡単に崩れ去ってしまう脆い価値基準だったってこと。

本当は、優越感から威張っていたいじめっ子も「自分を価値のある存在だと思えない」んだよね。(優越感を感じるものがなければ)

ちなみに、いじめられっ子の場合は、この比較によってさらに自分の価値を見失っている場合が多いんだ。

比較をしても自分が劣っているように思ってしまう。

だから、比較をすればするほど、ますます自分に自信がなくなり、自分自身を消してしまいたくなっている。

さあ、ここでそれぞれの共通点と違いをまとめておこう。

いじめっ子といじめられっ子の共通点

「自分が本当に価値のある存在だと思えていない」

いじめっ子といじめられっ子の違い

いじめっ子:比較から生まれた優越感によって威張っている。虚勢を張っている。

いじめられっ子:比較によってさらに自分はダメだと思っている。価値を見失っている。

*いじめっ子は、虚勢を張っているだけで実は自分の存在の価値を本当に認めることができていない。自分を素晴らしい存在だと思えない、自分を大切に思えない、という点でいじめっ子もいじめられっ子も全く同じ問題を抱え、同じ苦しみを感じている。

自分を本当に価値のある存在だと思えないということ

どうして、「自分を本当に価値のある存在だと思えない」という同じ問題を抱えている人たちが、いじめっ子といじめられっ子の真逆の立場になるのだろう??

これは環境の影響が大きいかもしれないね。

つまり、環境によっていじめられっ子になる場合もあればいじめっ子になる場合もあるということ。

それくらい、いじめっ子といじめられっ子に大きな違いはないんだよ。

このように言うことができるのは、僕の経験があるからだ。

いじめられっ子からいじめっ子になった日

実は僕は、いじめっ子といじめられっ子の両方を体験したことがある。

小学校低学年の頃はいじめられっ子を経験した。

そして、中学年~高学年にかけてはいじめっ子を経験した。

いじめられっ子からいじめっ子になるとき、何が変わったかと言えば環境だったんだ。

僕は小学校3年生の時に引っ越しをした。

そして僕は、その日を境にいじめっ子になった。

なぜ、いじめっ子になったかと言えば、明らかに環境の影響だったんだよね。

最初はやんちゃな子どもが集まるような地域に住んでいた。つまり、ケンカでは僕が劣っていたんだ。

それから、ケンカなんてしたことないような子たちが集まる地域に引っ越した。つまり、ケンカで僕が勝てる子たちがそこには集まっていたんだ。

僕は、ケンカで勝てることがわかって、自分が強い人間であるかのように錯覚し始め、いつしかいじめる側になってしまった。

とはいえ、学年が上がっていくごとに他の子たちの体格が大きくなっていって、だんだんと力で勝てないようになっていった。

すると、僕のいじめはエスカレートして、いじめによって恐怖を与えることによって自分の地位を守ることを覚えていったんだ。

いじめっ子といじめられっ子を経験してわかったこと

両方の立場を経験した僕が当時を振り返ってみてわかったことは、どちらの立場の時も苦しかったってこと。

これは間違いない。

自分が大嫌いだったこともはっきりと覚えている。

また、いつも友達に嫉妬していたことも覚えている。

いじめられっ子の時には力が強い友達に嫉妬していたし、いじめっ子の時には何か特別に優れたものを持っている人に嫉妬していた。

なんていったって、僕の優越感は周りの人に恐怖を与えることで守ることのできる地位から得ていたからね。まさに張りぼてでしかなかったのだ。

そこに、本当に優れた能力を持っている友達が現れれば嫉妬しないわけにはいかなかった。

そして、これは最近になってようやくわかったことなんだけど、ずっと「友達が欲しい」って思っていたことを思い出した。

そう、「友達が欲しかった」んだ。

本当の友達。

いじめられっ子の時はもちろん、いじめっ子の時ももっと深くから信頼し合える本当の友達が欲しかった。

それは実は「愛されたい」ってことでもあった。

友達が欲しい!!愛されたい!!これが僕の心の奥底からの叫びだった。

愛されたい!のは、自分で自分を愛することができないから

今になってわかることだけど、どうして「友達が欲しい」「愛されたい」と願っていたかと言えば、自分で自分を愛することができなかったからなんだ。

本当に、たったこれだけ。

自分には価値がないと思っていたんだよね。だからこそ、誰かに認めてもらうこと、誰かに愛してもらうことでその価値を感じようとしていたんだよ。

これは、いじめっ子の時もいじめられっ子の時も全く同じ。

ただ、ちょっと違うのは、いじめっ子の時は自分がいじめる側になって優越感に浸ることで「価値があるように錯覚をしていた」ということ。

そうなんだ。自分が強くなることで人の上に立つことができれば、自分に価値があるような気がしていたんだ。

もちろん、それは錯覚に過ぎなかったんだけど。

いずれにしても、僕はずっと「愛されたかった」

「友達が欲しかった」

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自分を愛することができない人は人を愛することができない

ここで宇宙の法則とも言える大切なことについてお話ししよう。

それが、自分を愛することができない人は人を愛することができないということ。

小学校時代にいじめっ子といじめられっ子を経験した僕は、その後もまともな人間関係を築くことはできなかった。

正直言って、30歳を迎えるまではまともな人間関係を築くことができなかったんじゃないかな。

もちろん、友達を求めてなかったわけじゃない。単純に、人間関係を築くことができなかったんだ。

30歳を迎えるまで、ずっと僕の心の奥底にあったのはやっぱりこの言葉だ。

愛されたい!!

小学校の頃のように「友達が欲しい」という感じではなくなっていたんだけど、「愛されたい!!」の思いはより一層強くなっていたんだ。

愛されたい!!

愛されたい!!

そう思えば、そう思うほど、人が離れていってしまう気がしていた。

でも、今ならその理由がわかるんだ。

それは、、、

僕がその相手を愛していなかったから。

思い出してみると、僕にやさしくしてくれた人はたくさんいた。でも、僕がその相手を愛していなかったから、どこかで僕が相手を裏切るようなことを繰り返していた。

そして、僕が相手を愛することができなかったのは、まさに僕が僕自身を愛していなかったからだ。

これは宇宙の法則

~自分を愛することができない人は人を愛することができない~

子どもたちに何が必要なのか

ここまでのお話で、子どもたちに一体何が必要なのかだんだんわかってきたんじゃないかな。

それは、「自分を愛する力」

違う表現を使えば、「自分を本当に価値のある存在だと思う力」なんだよ。

本当に、自分を愛し、自分を価値のある素晴らしい存在だと感じることができる子どもは、いじめっ子にもいじめられっ子にもなることはないのだろうか?

そうなんだ。自分に素晴らしい価値があると感じている子どもは自分を愛することができるから、人を愛することができる。

そして、人を愛することができる子どもは、人にも愛されるようになるからね。

それはつまり、友達をつくることができるってこと。

本当の友達がいるんだから、いじめっ子にもいじめられっ子にもなる必要がないんだね。

最後に、、、

「自分を本当に価値のある存在だと思う力」を育む方法をお伝えしよう。

それは、この記事の前半でもお伝えした「あなたは最高にすばらしい!はなまるだよ」という言葉がカギを握っている。

もしもあなたに子どもいるのであれば、ぜひ、お子さんに「あなたは最高にすばらしい!はなまるだよ」と伝えて欲しい。

理想はハグをしてあげたり、やさしく触れ合った状態で。

もしもあなたが自分自身の「自分を本当に価値のある存在だと思う力」を育みたいのであれば、自分に「私は最高にすばらしい!はなまるだよ」と伝えて欲しい。

理想は自分をハグするようにして。

たったこれだけのことがあなたの心を育んでくれるから。

毎日毎日少しずつでいいから、自分の心を育んでいこう。

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はなまる・みっつ自己紹介

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